2013年8月19日月曜日

キニヤビル

伊勢佐木町1丁目の、旧松坂屋本館と西館(旧松屋)にはさまれた場所にこのビルは建っています。

旧松坂屋本館と西館(旧松屋)は、横浜市民であれば誰でも知っているデパート建築として、2004年にいずれも横浜市歴史的建造物に認定されましたが、本館は惜しまれながら2008年10月26日に閉店し144年の歴史に幕を閉じました。現在は跡地に3階建ての商業施設が立地しています。

かえって存在感が増した(?)感のあるこのキニヤビルは、昭和28年度事業(融資)として築60年を迎えようとしています。戦災で焼失してしまったこの土地に、接収解除後の早い段階で4人の建築主によって3階建ての共同ビルが建てられました。

施工者は隣に残る旧松坂屋西館(旧松屋)も手がけた大林組。竣工当時の写真をみると、水平基調のモダンなガラスのファサードを覆うように、あえて鉛直方向の意匠を強調するように設けられたコンクリート製ルーバーが特徴的です。だいぶ改修された現在でもどことなくクラシックな雰囲気が漂うのも、この意匠によるところが大きそうです。

このルーバーに屋根面の庇を支える構造的な意味があったのか、それとも単なる意匠的な理由なのか、あるいは日射を緩和する環境的な意味があったのか、定かではありませんが、少なくとも昭和53年に現在のような歩行者専用道としてのモール化工事が行われた直後までは竣工当時のままだったようです。

モール化する前の伊勢佐木町通りは、車道が中央を通り、両側の歩道上にはアーケードが設置されていました。このルーバーには、通行する車や、車道を挟んで反対側の歩道を歩く人たちからよくみえるように、多様な看板設置に対応できる機能的な意味が持たされていたのかもしれません。このような、いわば奥行きのあるファサードを持つ建築は、よくみると伊勢佐木町通りにはいくつかみかけることができます。

通りの主役が車から人間にもどったことが、ファサードの変化をもたらしています。

竣工当時のキニヤビル。2・3階を覆うコンクリート製ルーバーが特徴的。(写真:融資建築のアルバム、横浜市建築助成公社)

現在のキニヤビル。レンガ調のタイルで覆われ雰囲気がずいぶん変わったが一部に竣工当時の面影を残している。モール化によって看板を林立する必要がなくなった。

昭和53年のモール化工事のようす。左側に旧松坂屋本店とキニヤビルがみえる。(写真出典:OLD but NEW イセザキの未来につなぐ散歩道、イセザキ歴史書をつくる会著、神奈川新聞社)

昭和37年8月の伊勢佐木町通り。当時は道幅いっぱいの車で混雑した。歩道上のアーケードと、林立する看板群がみえる。(写真出典同上)


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